PMBOKに学ぶプロジェクトの終結| 引き継ぎ・教訓の抽出・効果測定【専門家が教えるPMBOKの理論と実践 第12回】

PMBOKはプロジェクトマネジメントの知識体系がまとめられたガイドブックです。第7版では原理・原則ベースの構成に変わりましたが、旧版の実用性は損なわれていません。プロジェクトマネジメントの実務において、第6版の知識体系は現在も有用です。

そこで本連載では、第6版に記された「5つのプロセス群」に着目。最終回は第7版のエッセンスも交えて「終結プロセス群」について解説します。記事の監修者はRidgelinez(戦略から実行まで支援する総合プロフェッショナルファーム)のプロジェクト経験豊富なエキスパートたち。同社の尾形順一氏は、日本プロジェクトマネジメント協会および大学の講師も務めています。各プロセス群の要諦を把握して、プロジェクト管理のレベルを上げましょう

終結プロセス群とは?PMBOKに基づく知見蓄積と正式完了

プロジェクト終結に必要な活動

PMBOKの「終結プロセス群」とは、プロジェクトまたはフェーズの全作業を正式に完了させるプロセスのグループです。ここでプロジェクトの目標が達成され、その成果物が公式に引き渡されることを確認します。

PMBOKでは‟群”という階層に分類されていますが、属するプロセスは「プロジェクトやフェーズの終結」のひとつだけ。このなかに「契約の完了」「成果物の引き渡し」「教訓の文書化」「最終報告書の作成」など、複数の活動が含まれています。

▶関連項目:第8回記事 2-6「プロジェクトやフェーズの終結」

4種類の完了基準

まずは終結の前提となる「完了基準」について解説します。これはプロジェクトの成功を客観的に判断するための、具体的な条件やメトリクス(指標・尺度)。通常、プロジェクト憲章やスコープ記述書に記載されます。以下4種類の完了基準を明文化し、プロジェクト完了に関する認識のズレを防止しましょう。

完了基準 各基準の概要
機能的完了基準 成果物が定義された要件を満たしているか、すべての機能が正しく動作するかなど、成果物の品質と機能を評価します。
非機能的完了基準 パフォーマンス・信頼性・セキュリティ・使いやすさなど、成果物の特性を評価します。
ドキュメント完了基準 すべての必要な文書(設計書・テスト報告書・ユーザーマニュアルなど)が作成され、承認されていることを確認します。書類作成が目的化しないように、基準を最小限に設定しても構いません。
財務的完了基準 プロジェクトの予算が適切に管理され、すべての支払いが完了していることを確認します。「領収書の取得」「会計部門への報告」といった具体的基準を定めておきましょう。

成果物の引き渡しと引き継ぎ

プロジェクトの完了基準を満たしたら、最終成果物を顧客やスポンサーへ正式に引き渡し、完了の公式な承認を得ます。システム開発の実務においては、運用部門の責任者が承認するケースも多いでしょう。

ここで必要不可欠なのが、引き継ぎです。そのチェックリストを作成し、成果物の移管先とミーティングを行ってください。以下に、標準的な引き継ぎ手順を紹介します。

引き継ぎ手順


システム開発チームから保守運用チームへ引き継ぐ場合

システム開発チームから保守運用チームへの引き継ぎ9ステップ
  1. 引き継ぎ対象ドキュメントのリストアップ(ソースコード・システム構成図・障害対応マニュアルなど)
  2. 担当者の決定
  3. スケジュール設定
  4. 引き継ぎミーティングの実施(システムの設計思想や技術スタックなどを詳細に説明)
  5. 質疑応答(疑問点を解消し、認識をすり合わせ)
  6. コードレビュー(コーディング規約や設計上の考慮事項を共有)
  7. 監視体制の確立(サーバー・アプリケーション・データベースの監視ツールの設定方法などを共有)
  8. 障害対応プロセスの確立(障害発生時の初動対応や連絡体制を文書化し、訓練を実施)
  9. 環境構築手順の共有(開発環境・テスト環境・本番環境の構築手順を文書化)

上記のうち、特に重要なのは「障害対応プロセスの確立」です。できれば数ヵ月間、開発チームの中心メンバーが保守運用に伴走したほうがいいでしょう。

プロジェクトレビューと教訓の抽出

終結プロセスには「プロジェクトレビュー」も欠かせません。その目的はプロジェクトの成果とプロセスを客観的に評価し、将来のプロジェクトに活かすための教訓を抽出すること。チームが継続的な改善に取り組むことで、メンバーの責任感も醸成されます。

このプロジェクトレビュー会議は、反省会ではありません。個人の失敗を責めず、組織がより賢明になるための学習の機会にしてください。参加者はプロジェクトメンバーと主要なステークホルダーなど。プロジェクトマネージャーが進行役となり、以下4点を中心に話し合います。

議論のポイント

  • 何がうまくいったか? (成功要因)
  • 何がうまくいかなかったか? (失敗要因)
  • なぜ、そのようなことが起こったか? (根本原因)
  • 次回はどうすれば改善できるか? (具体的なアクション)

これらの議論からプロジェクトの教訓を抽出し、「教訓登録簿」に追加します。将来のプロジェクトマネージャーやメンバーが参照できるように、組織のナレッジベースに保存しましょう

なお、教訓はプロジェクトが終わる直前に慌ててまとめるものではありません。難航したプロジェクトほど終盤までトラブル対応に追われ、振り返りの機会を失いやすいもの。各工程が終わる(フェーズの終結)前にミーティングを行い、貴重な教訓を抽出・蓄積しましょう。なかでも開発工程は要員数が多いので、有意義な機会になるはずです。

▶関連項目:第8回記事 2-4「プロジェクト知識のマネジメント」

プロジェクト情報の文書化

プロジェクトの終結時には、関連情報を体系的に整理して、文書化しなければなりません。組織の保管方針にしたがって、プロジェクト憲章・各種計画書・技術文書・品質文書などをデジタルアーカイブに保存しましょう

ここで重要な点は、デジタルアーカイブを安全かつアクセス可能な状態にすること。セキュリティを担保しながら、情報の検索性を高めてください。そうすれば、将来の監査や保守、あるいは類似プロジェクトの計画時に素早く情報を取り出せます。

ベネフィットの実現度評価

プロジェクトの終結プロセスにおいて、もっとも見落とされやすい活動があります。それはベネフィット(便益・利益など)の実現度評価。ビジネスケースに定義された目標が「どれくらい実現されたか」を検証します。これがプロジェクトの価値実現を判断する土台になります。

ベネフィットは以下の2種類に大別されます。売上などの財務指標は反映されるまでに時間を要するので、成果物の引き渡しから1年後に評価する場合もあります。

  • 財務的ベネフィット
    売上増加、コスト削減、ROI(投資収益率)向上など

  • 非財務的ベネフィット
    顧客満足度の向上、ブランドイメージの強化、業務効率の改善など

最終報告書の作成

終結プロセスの大詰めは、最終報告書の作成です。ここでプロジェクトのパフォーマンスを客観的に評価し、その成果をステークホルダーに報告します。基本的な構成は以下の通りです。

  1. エグゼクティブサマリー
    プロジェクトの概要、主要な成果、成功・失敗の要因を簡潔にまとめます。

  2. スコープと成果物
    プロジェクトで達成されたスコープと、引き渡された最終成果物を列記します。

  3. スケジュールとコストのパフォーマンス
    上記2領域の計画と実績を比較します。納期遅延や予算超過が発生した場合は、その原因を分析します。

  4. 品質のパフォーマンス
    受入テストやベータテストなどを経て、達成された品質基準と品質管理活動の結果(バグの数、顧客満足度調査の結果など)を記します。

  5. リスクと課題
    プロジェクト中に発生した主要なリスクと課題、およびその対応策の概要を記します。

  6. 教訓
    教訓登録簿をもとに、プロジェクトを通じて得られた最も重要な教訓をまとめます。

この最終報告書を顧客やスポンサーに提出し、正式な承認を得ましょう。その後にチームを解散し、プロジェクトが完全に終結します

全12回にわたる連載記事も、そろそろ終わりです。以下の「終結プロセス群のポイント」をもって、本連載の結びとします。読者のみなさんはPMBOKの学習自体を目的にせず、ぜひ実務に活用してください。

成果を価値に変える終結プロセス群のポイント

成果を価値に変える終結プロセス群のポイント
  1. 引き継ぎこそ、引き渡しの絶対条件
    最終成果物を引き渡す際には、各種文書や業務の引き継ぎが必要です。運用部門にソースコードやシステム構成図などを引き渡し、ミーティングを行いましょう。そして、監視体制や障害対応プロセスを確立してください

  2. 失敗を責めずに教訓を抽出
    終結プロセスにプロジェクトレビューは欠かせません。その目的はプロジェクトの成果とプロセスを客観的に評価し、将来のプロジェクトに活かすための教訓を抽出すること。振り返り会議で個人の失敗を責めてはいけません

  3. 効果測定は価値に焦点を
    もっとも見落とされやすいのが、ベネフィット(便益・利益など)の実現度評価です。ビジネスケースに定義された目標が「どれくらい実現されたか」を必ず検証しましょう。これがプロジェクトの価値実現を判断する土台になります。

この記事に関するよくある質問 (FAQ)

終結プロセス群では、プロジェクトまたはフェーズの全作業を正式に完了させます。主な活動は「①契約の完了」「②成果物の引き渡し」「③教訓の文書化」「④プロジェクト情報の文書化」「⑤ベネフィットの実現度評価」「⑥最終報告書の作成」。多忙な現場では③や⑤が軽視されやすいので、注意してください。

教訓登録簿とは、プロジェクトを通じて得られた成功や失敗の知見を記録した文書です。「何がうまくいったか」「何がうまくいかなかったか」「なぜそうなったか」「次回どう改善するか」の4点を中心に整理します。その作成時期はプロジェクト終了時だけではありません。設計や開発など、各フェーズが終わる度に教訓を抽出・記録してください。難航したプロジェクトほど終盤に余裕がなくなるため、最初から「教訓登録簿」という名称のファイルを作成し、振り返りの機会(工程完了会議など)をスケジュールに組み込んでおきましょう。

おもな理由は2つあります。ひとつは、旧来(PMBOK第6版まで)のプロジェクトのゴールが「成果物の引き渡し」に置かれていたため。PMBOK第7版から「価値の実現」を重視する考え方に変わりました。もうひとつの理由は、タイムラグが発生するため。売上増加などの財務的ベネフィットは、プロジェクト終了から評価までに1年を要する場合もあり、見落とされやすくなっています。

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<参考資料>
プロジェクトマネジメント知識体系ガイド(PMBOK®ガイド)第6版および第7版+プロジェクトマネジメント標準、PMI®

監修者プロフィール

尾形 順一 氏

Ridgelinez株式会社
Technology Group Director 尾形 順一 氏

プロジェクトマネジメントおよびアジャイルDevOpsの専門家。日立製作所、デロイトトーマツコンサルティングなどを経て現職。大規模アジャイルおよびアジャイルシフト、DXにともなう組織的変革管理(OCM)において、数多くの実践経験を有する。日米欧のプロジェクトマネジメントおよびアジャイル標準に精通し、日米欧3団体の最上位認定を保有。企画・要件整理・設計・開発・テスト・運用・内製化まで、実践型の伴走を行う。これまでに40件以上のプロジェクトマネジメントを経験。日本プロジェクトマネジメント協会のPMBOK講座のほか、私立大学でもプロジェクトマネジメント論の講師を務める。

【保有学位】
経営管理修士(MBA)、国際情報通信修士(MS)

【保有資格】
日本プロジェクトマネジメント協会 プロジェクトマネジメントスペシャリスト、PMI PMP(Project Management Professional)、AXELOS PRINCE2 Practitioner、その他、日米欧6団体のアジャイル認定など20種類以上

白田 智明 氏

Ridgelinez株式会社
Technology Group Senior Consultant 白田 智明 氏

富士通システムソリューションズに入社後、フィールドSEとして流通業や運輸業などの基幹システム再構築プロジェクトに参画。富士通へ転籍後、プロジェクトマネージャーとして、総合商社・専門商社の基幹システム再構築プロジェクトを担当。2021年、アジャイル開発プロジェクトの実践経験を活かし、部門全体のアジャイル普及に向けた商談プロセス・商材の標準化や、アジャイル研修の設計・作成と講師などの活動を行う。2024年より現職。

【保有資格】
IPA 基本情報/応用情報/プロジェクトマネージャー、PMI PMP(Project Management Professional)、TOGAF9(Foundation/Certified)、SAFe®6 SPCなど、他多数

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